ADAPTATION MEASURE 004

下流域への養分を適切に供給する持続可能な森林管理

BEFORE

魚付林の重要性は近代以前から認識されていたが、拡大造林政策などの過程で天然広葉樹林の伐採と人工針葉樹の植林が進み、それに伴って漁場の生産力が低下したと認識されていた。

AFTER

魚付林は流域生態系管理の優良事例を各地で創出しており、経験知の活用、森と海の連続性の認識、林業と漁業の連携などの重要性を我々に教えてくれるものとなっている。

森林は落葉落枝などを通じて還元鉄などの栄養塩を河川に供給する。富栄養は避けるべきだが、貧栄養によって生態系機能を損なうこともある。日本では、森林を維持するだけでなく、漁民等が積極的に植林することで漁場を豊かにする経験知が明治以前から培われており、森林法によって全国の5.4万haの森が魚付保安林と指定・保護されている。その機序は科学的に未解明の部分があり、気候変動適応策としての効果検証が待たれるが、持続可能な森林管理を実現する経験知や伝統知として注目されている。

CASE.01

岐阜県馬瀬川の渓流魚付保安林

1994年

下呂市は旧馬瀬村全域を馬瀬地方自然公園に指定し、渓流魚付保安林としている。平成時代に、従来の拡大造林政策に代わる新たな過疎化対策として馬瀬川の清流や豊かな自然を活かした観光振興を進め、役場職員、林業や内水面漁業関係者らが「馬瀬村森林山村活性化研究会」を結成。鮎釣り人たちが当地の鮎の品質と馬瀬の森の関係に注目したこともあり、流域の森林、川、農地、人が一体となった自然生態系を生かすことの重要性が共通認識となり、村の財産でもある美しい渓流やそこに棲むイワナやアマゴをはじめとした魚の保全を目的に、魚付保全林構想が生まれた。現在では、水を守るためには山全体を守る必要があるとの認識が住民の間にも広がっている。

CASE.02

北の魚つきの森

2002年

戦後、襟裳岬の森林は伐採され「えりも砂漠」とも呼ばれた。同時に沿岸の昆布生産量が減少したが、その後森林を再生したことにより生産量と品質が回復したとされる。このような認識のもとで北海道庁では、2002年度から「北の魚つきの森」という認証制度を設けて、地域住民による自発的な森林づくり活動の促進を図り、全道15カ所が認定されている。(平成19年度時点)

CASE.03

真鶴半島の「お林」

1657年に起きた明暦大火の後、小田原藩は真鶴半島にマツを植林し御用林(お林)として保護した。これらは1904年に魚付保安林に指定され、岩礁海岸の豊富な海藻や底生動物と相まって半島周辺では定置網漁が盛んになったという。1954年に県立自然公園となり、1979年に下流域の「真鶴半島沿岸に生息するウメボシイソギンチャクとサンゴイソギンチャク」が神奈川県の天然記念物に指定された。お林を含む真鶴半島の先端部分は、海と沿岸部、そしてお林が一体となった生態系を有しており、豊かな自然環境の要素が詰まっていると認識されている。

(出典: Hakone Geopark

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